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  夜啼(やてい)
   

カタリナは困っていた。いつも君主と遠出をして泊まる際には別室で宿をとっていたのだが、今日ばかりはどこも混んでいて一室しか取れないのだった。この事情を従者は恐る恐るあるじに伝えた。すると野宿するよりはましだと考えたのだろう、彼は意外とあっさり了承した。彼の人の許しを得て安心したが、同衾ではないにしても同じ部屋で一夜を過ごすと考えると改めてカタリナには不安が広がった。


女騎士は君主より先に眠ることは出来なかったし、ましてや隣のベッドにいる彼は好意を寄せる人でもある。余計に気が高ぶってなかなか寝入れなかった。カタリナは彼を見ないように背中を向け、その規則正しい呼気に合わせてまどろみ始めたその時。
ミカエルが女の名を一言、ぽつりと漏らした。


「カタリナ」

想い人が口にした自分の名に反応して思わず彼女はミカエルの方に寝返りをうった。
こんな真夜中に呼ぶことなど一つしかない。カタリナは信じられなかった。空耳かもしれない。
カタリナはそれ以上の行動を起こさなかった。


ミカエル様!夢でないなら、私の名をもう一度呼んでください!
貴方がたった一夜でも私を女として見てくださるなら、私は、私は―!


そして女は彼の人の背中を見つめてもう一度奇跡を待った。
けれども切実な心の叫びは届かなかった。続いたのは沈黙だけだった。


何てさもしい女なのだろう。私にそんな事を求める方ではないわ。
あの方は私を騎士としか見ていないのに。


カタリナはこれ以上期待する事が辛くなって、また背を向けた。

自分の言葉に応えた彼女の物音を聞きながら
ミカエルはわざと寝息をたてながら様子を窺った。


起きていたのだろうか。ならばもう一度呼べばあれは私の許に来ただろう。

出掛かりそうな声を殺して自問自答した。

だが私が命じるから、あれは来るのか?
権力で奪った女との間に、愛があるはずもない。
命令ならばいつでもできる。それでは何の意味もないのだ。


しかし隣のベッドから聞こえるすすり泣く声に今度はミカエルが振り返る番となった。