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言葉が足りなかっただろうか―

若きロアーヌ侯は少し思案した。
最終決戦を共に戦い抜いた近侍に、 たった今この玉座の間で精一杯の求婚をしたが、彼の望むような反応はかえってこなかった。うつむきひざまずいている彼女はミカエル様…と目の前に鎮座している主君の名をつぶやいたまま 黙っていた。

次の言葉を待ったが何かを話しそうな気配はない。
やや拍子抜けしたミカエルは咳払いをして
「正式な申し入れはラウラン家に使いをよこし、追って通達する。」
眼下の男装の麗人にもう一度念を押すように言った。が、ここでもはっきりとした承諾は得られなかった。 ただ、はいと一言告げると退出の挨拶もそこそこにきびすを返した。 早足に歩き、ミカエルの許を去ろうとする。
「カタリナ」
扉に手をかけている意中のその人を呼び止めた。
自分の名を呼ばれた彼女は見えない糸に縛られたようにぴくりと小さく動き、立ち止まった。
彼は玉座から立ち上がると長い黄金の髪をなびかせながら、カタリナの傍へと そよ風の優しさで駆け寄った。太陽の光を反射した髪は一層きらめき、その輝きを 称えていた。
「お前は先ほどから"はい"としか言っていない。そのような返事でなく本心を訊きたいのだ。」
カタリナは後ろを向いたまま答えなかった。
肩を掴んで振り向かせると彼女は濡れた瞳で、今にも涙があふれそうだった。
普段自制しているカタリナの感情的な一面を見て当惑した。だが、彼女の涙の理由に心当たりもあった。


あいつの事を想っているのだろうか。
胸がちくりと痛んだ。
一緒に冒険したあの男もカタリナに惹かれているようだった。
あの男だけではない。誰が惚れたっておかしくないほど、カタリナは魅力的だ。

当たり前のように傍にいたカタリナは突然私の元を離れ、宝剣マスカレイド奪還の旅に出た。
そして、誓いどうりにマスカレイドを取り戻してロアーヌに帰ってきた。
カタリナに再び会えたその時から、何かが変わった。一陣の風が吹きすさんだ。
離れてみるまでわからなかったのだ。あれが、かけがえのないないものだったと。
言い訳にしかならないが、今まで身近過ぎて気がついていなかったのだ。
それからカタリナの一行と旅をした。その中で私の知らない新たな彼女を発見した。
自分には見せたことのない表情。そして、あの男と親しげに話す姿を。

あれの過失とはいえ、自分は一度手放してしまった身だ。
今更、想いを伝えるのは遅かったのかもしれない。
あの聖剣が奪われてから、私達の関係は大きく変わってしまったのに
私は昔の、あの頃のままのカタリナだと信じていた。いや、信じ込もうとしていたのだ。


ミカエルは悔恨の念にさいなまれながらも回答を促すと、彼女は身に余る光栄ですと ひどく形式ばった答え方をした。その手放しで喜べない返答に少しためらいながらも、こう申告した。
「もし、あるじの命として結婚の申し出を受け入れるのなら―」
「違います!」
ミカエルを直視して言葉を遮った。しかしすぐに伏せ目がちになり、長い睫毛は目元に深い影を落とさせた。目に溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「私は、…幼い頃からずっと、ミカエル様の事が…」
堰を切ったようにわっと泣き崩れた。
ミカエルはカタリナを抱き寄せた。いつも勇ましく大剣を振るっている様にはとても思えないほどの細い腰つき。強く抱きしめると壊れそうなぐらい華奢な体だった。普段から鍛えているだけあって身体は引き締まっているが、男とは違う、女性的な柔らかさも感じた。

ミカエルの髪が金の砂のようにさらりと滑り落ちる。
「カタリナ、私の妃になってほしい。」
愛しい人の耳元でそう囁くと、それを聞いた彼女は目を大きく開いた。そしてすぐに 恍惚とした表情になり、感嘆のため息をついた。 恋焦がれた相手に強く抱擁されカタリナの心臓は甘く高鳴る。長年の想いが通じ、その大きな身体に包み込まれる喜びに打ち震えた。
「…嬉しい…」
震える声でそう漏らした。武人の鎧を脱ぎ捨てた、一人の女としての本心を打ち明けた。
そして、幸せ過ぎて怖いのですと涙声で続けた。そう言って泣きじゃくる彼女をミカエルは思い切り抱きしめる。そして二人は見つめあい、互いの気持ちを確かめあうように額と額を合わせた。やがてどちらともなく瞳をとじ唇を重ねた。