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  審問
   
カタリナ達は死を覚悟してナジュ砂漠を越え、都に程近い遊牧民のムング族の村まで
たどり着いた。そこでバイメイニャンという女老師に出会い、彼女の依頼を協力する
代わりに東の中心都市である玄城の司令官に便宜を図ってもらう約束だった。
しかし、いざ玄城に向かうと捕まってしまい、
切れ長の涼しげな目元が印象的な男の前に差し出されていた。

「報告どおりに怪しげな連中だな。私はミカドよりこの町を預かるヤンファンというものだ。
 いくつか訊きたいことがある。正直に答えるように」
この地方では余程異質な人間なのだろう、カタリナとミカエルをじろじろ見ながら
男は事情聴取を始めた。
老師に約束を反故され、二人は自暴自棄になっていたが、その内に
黙っていても相手に与える印象は悪くなる一方だと思い
正直に答えるようになった。だが、訊いている本人はカタリナ達の話を信じていないようだった。
ヤンファンは一通りの尋問を終えると書面を作成しながら軽い興味から言葉を投げかけた。
「カタリナ…と申したな。そなたの生年月日は?」
素直に答えると将軍はズケズケと踏み込むような質問を続けた。
「ふむ、暦も同じようだな。ということは今は24か。結婚はしているのか」
先程まで明朗に答えていたカタリナは視線を落として口を閉ざした。
すると突然、予想外に男の声がヤンファンの耳に入ってきた。
「そんな事を教える必要性はないだろう」
カタリナの隣に座っているミカエルが代わりに返答したのだった。
その声はいつもの感情を抑えた落ち着いた声だったが、怒りを滲ませた目で睨みつけていた。
険悪な空気が流れる。ヤンファンは部下に反抗的な男を牢に連れて行けと命じた。

そうして二人きりになり、ヤンファンは改めてカタリナを見た。
東の国では珍しい目鼻立ちのくっきりとした顔立ち。
動く度に輝きを変える銀の髪や、本当に血が通ってるかと思うほどの白い肌。
瞳は紫水晶の光を放っている。
東方では想像もつかない身体の色素を持つカタリナは造形の神が作り上げた極上の芸術品にも思え、
ぼんやりと夢見心地な気持ちで彼女を鑑賞した。
しかし視線が合ったのに気づくと、とたんに男は現実に引き戻り、目を泳がせた。
神妙な表情で相手を窺うカタリナの姿が彼の動揺に拍車をかける。
突然ヤンファンは焦って話し込んだ。
「こちらでは女が髪を短く切る習慣がなくてな。既婚女性は髪を切るのが西の習わしかと思ったのだ。
その、私達の文化では髪を切る行為は欲を断ち切り、性を超越するといった意味があるので、
西の文化でもそうなのかと興味が…」
またカタリナと目が合うと、途端に言葉が詰まってしまう。
一層胸の動機を感じると急に顔が熱くなった気がした。
彼はこの反応に自分の気持ちをはっきりと自覚してしまった。

「もし、その…髪型に意味があるのなら教えて欲しい。」
ヤンファンはその気持ちを振り切るように言葉を繋げる。
その言葉を受けてカタリナは考えをまとめようと黙った。
奥手な男はその沈黙の間に、今のは少し言い訳がましかったかもしれないとか、
彼女と一緒にいたあの男とはどういった関係なのだろうなどと様々な思いが
しばらく頭を巡ったが、一文字に結ばれた口は一向に開かれることはなかった。

「―そうですね。」
静けさに彼が耐え切れなくなる直前に、カタリナはようやく話し出した。

「これは自分への戒めなのです。私は女であるが故に…取り返しのつかない過ちを犯し、
 あの方の―ミカエル様の信頼を裏切ってしまいました」
この聡明そうな彼女が犯した罪というものが一体どんなものかは想像もつかなかった。
彼は話題を変えた。
「万一処刑が決まっても…カタリナ、貴女が私の妻になるのなら私の権限で
 彼の命を保障をすると言ったら、どうする」
彼は自己嫌悪に陥りながらも、それでも彼は目の前の女を手に入れたかった。
「あの方の命が助かるのなら、喜んで受けます」
カタリナは寂しげに微笑みながら即答した。
「貴女の気持ちは分かった。お二人の身柄は全力で護りましょう」
ヤンファンはミカエルを救おうとする彼女の行動に感銘を受けた。
それ程までにあの男を大切に思っているのだ。例えこの先、本当にカタリナが自分のものに
なったとしても、その心までは占領することは出来ないだろう。彼女の一途さに一層の魅力を
感じた東将軍は自分の権限で出来る限り二人を護ろうと心に決めた。

牢獄とは言え、質の良い寝具や調度品が備え付けてあったところを見ると
どうやらそれなりに丁寧な扱いを受けてはいるらしい。カタリナは少し安心した。
しかしミカエルは抵抗したのか口許を赤く染め、ふて腐れた顔で迎える。
彼は自分がいない間、この町の統括者と何を話したのか部下に逐一報告させた。

「―笑わせるなよ。こんな囚われの身で一生を過ごせと?」
ミカエルは彼女の話に黙って耳を傾けていたが、カタリナを差し出す代わりに身柄を保護する
条件を聞くと急に悪態をつきだした。
「悲観なさらないで下さい。ミカエル様さえ生きていらっしゃれば、必ず再興できる好機が訪れます」
近習は何故あるじが怒り出したのか分からないまま、困惑の表情で嘆願する。
「お前の情けで生かされるぐらいなら死を選ぶ!」
「そんな、情けなど!あるじの命を護るのは臣下として当然ではありませんか」
カタリナの顔が切実で、真剣であればあるほど、その声はミカエルの耳に酷く不快に反響した。
「お前にはもう必要のないものだ。マスカレイドをよこせ」
その一言で彼女の目の色が、変わった。透き通ったアメジストの目は怒りで濃紺のラピスに
一変し、固く握り締めた手は胸元を庇う。
「これを一体、どうなさるおつもりなのですか!」
カタリナは後ずさりし、敵意をむき出しにした顔で叫ぶ。
「それはお前のものではない、どうしようと勝手だろう!」
ロアーヌ侯は目の前の近侍が初めて反抗した事をきっかけに、東方での不満を一気に爆発させた。
ミカエルは今まで自分の前では見せたことのないカタリナの表情に面食らいながらも
彼女以上に大きな声を上げるとそのまま掴みかかり、壁際に追い詰める。
「私の命令がきけぬというのか…!」
その胸元に隠しているであろう短剣を意地でも奪い取ろうと、手を掴んで身構えた腕を
引き離しにかかるが、そうはさせまいと女も腕を開かせないように必死で脇を締める。
互いに譲らない力はしばらく拮抗していたが、やがて攻める者は守る者を力でねじ伏せた。
ミカエルはその右腕で彼女の手を押しやると、そのまま体当たりして彼女の腕を押さえつけた。
カタリナは悲鳴を上げる。
「素直に渡せばこんな事はしない!」

「強引な男は嫌われるぞ」

突然聞こえた第三者の声にミカエル達は凍りついた。内輪もめをしていた事も忘れて牢の外を見やると、
そこには牢の鍵を手慰みに回してニヤニヤ笑っているバイメイニャンが立っていた。
 
 
 
同じ言葉でも、相手と自分の考え方の相違によって誤解を招く事ってありますよね。
真実を伝えるって難しい。