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  萌動
   
扉に向かってミカエルが叫ぶときまりが悪そうに数人の男女が部屋に入ってきた。
黙って見ていたなんて悪趣味ねと少し呆れて言いながらカタリナは
マスカレイド奪還を手助けしてくれた仲間の事を君主に話した。
「そうか。よくぞカタリナと共にマスカレイドを…」
「別にあんたに感謝される義理はねえよ」
突然耳障りな声がミカエルの口上を途切れさせた。
一瞥して先程の攻撃的な空気を出していた人間はこの男だとミカエルは分かった。腕っ節の強そうな男だった。日焼けをしたその身体にはあちこちに傷跡がある。真っ黒なその髪は蓬々と伸びていた。バンダナで隠された片目は既につぶれているのだろう。残った目でじろりと睨んだ。仲間が彼に注目し口々にブラックとその男を呼んだ。

ブラックは面白くなかった。カタリナが目の前にいる青年に惚れているのは前々から知っていが、さらに追い討ちをかけるように彼女に再会した時の呆けた侯爵の顔を見れば、結果はもう見えていた。二人の間には付け入る一分の隙もなかった。離れていても通じる程、長い間に培われた信頼関係が出来上がっているのだ。勝ち目なんて次元ではなく、自分は勝負できる位置にすらいなかったのだ。
ブラックはいけ好かない恋敵に対して何か嫌味でも言わないと気がすまなかった。
「何だこの男は」
ミカエルは不遜な態度の男を無視してカタリナに尋ねた。
「もう、ブラックったら」
彼女はまるで愛玩動物を叱るようにならず者をたしなめると、少し引きつる笑顔を作りながらブラックを簡単に紹介した。この男がマスカレイドを奪ったマクシムスの悪行を白日の下にさらした功績者だと聞かされてもミカエルの顔は晴れなかった。この男は良くてごろつき。下手をすると犯罪者ではないのかと考えながらミカエルはブラックを睨み返したが、見ているのが馬鹿馬鹿しくなってすぐ目を逸らした。
旅の間に様々な経験をつんで大きく変わったのだろう、今までの彼女なら鼻であしらう者をカタリナは高く評価しているのだ。何よりこんな荒くれ者と渡り歩いてきたと思うと彼女の変わりように内心ミカエルは驚きを隠せなかった。
自分の知らないカタリナを見ているとミカエルの中に宿った何かが寂しげに少ししぼんだ。

翌日、カタリナは一人でミカエルの執務室に現れた。昨日の無礼を謝りに来たのだった。
「よい。気にしてはおらぬ。それより私もちょうど仕事が一段落付いたのだ―」
今までなら簡単に言えてた言葉が、昨日発生したばかりの何かが胸一杯に満たされ
息が詰まってすぐには出てこなかった。
「このように天気もいい。折角だ…」
いい訳じみた言葉ばかりを並べて肝心な言葉が出てこない自分をあざけりながら
ミカエルは意を決して短く伝えた。
「出かけるか」
「ご一緒します」
やっとの思いで出てきたミカエルの誘いの言葉と知ってか知らずか、カタリナはにっこりと
微笑みそつなく答えた。
―そう、これがいつものカタリナだ。
ミカエルは自信を取り戻し、満足げに笑うとその手を取って執務室から連れ出した。
ビューネイの脅威は残るものの、ロアーヌには確実に春が訪れていた